トゥジェンの洗濯事情、その1。
『 干しておけば、いつかは乾く。』
そう、そうなのである。そんなことにも目からウロコが落ちてしまったのだけれど、
もっと腰を抜かして目が点になったことが洗濯がらみで数々あるのであった。
今日は洗濯関連の記録 その1。
結論から言おう。
*衣類を洗ったあとの、大量洗剤投入のぶっくぶくあわあわの水を、いずれ自分たちが食べる庭の作物に撒く。どんな水もいずれ自分たちが食べる植物に撒く。
乾燥した大地、水は貴重。どんな水でも水は水。
ましてや衣類の汚れを落とし、いい匂いまでしちゃう洗剤が入ってる水なんてとってもいいものである。という考えなのであろう、と理解する、するしかない。
洗濯する中庭は広い。バレーボールコートが取れる。地面は土そのまま。普段からどんな水でも、部屋から(全ての部屋は中庭に面している)中庭へ、または外へじゃっと撒いてしまえば終わり、なのである。それこそ、いつかは、どころかすぐ乾く。
そこそこ量があれば、もったいないからそら豆だのミントだの、家の周りに植わっている食べられる植物に、灼熱の太陽光浴びてちょっと元気ないイタリアンパセリに、あわあわ水を恵んじゃうのである。甚だしい土壌汚染に胸が痛む。
もちろん、下水道なんてものはないし、トイレ等の汚水はその設備の横の地下に大きな穴が掘ってあってその中に貯めていく仕組みらしい。それ以外は自然乾燥、『排水』という概念がないのだ、と思う。
中庭にも、家の門扉あたりにもいろいろ植わっていて、食事の支度の時にはそこからハーブ系の葉や小ネギみたいなものなど、調達してきているのだが、あの洗剤水を吸収した葉・・・と思うと食欲減退。
(他にも究極の食物サイクルが展開されていて、これまた腰が抜けるのだが追い追い書いていく。)
自分で洗濯するときは、最後のすすぎに使った水くらいは植物に撒いたりもするが、最初の洗剤入りの水(こんなことになるのでごくごく少量しか入れないが)は家人の目を盗んで植物のないところ、人が近づかないようなところに打ち捨てている。
思い返せば 昭和ニッポンも合成洗剤万々歳、汚染、公害が甚大な被害を及ぼしていたのであり、人工物礼賛の傾向もすでに振り切ってしまったからこその自然回帰へ、逆方向へ戻っているとすれば、チュニジアも今その経過をたどっている途中なだけかも知れないのだけれど。
衛生観念そのものの大きな違いについても記録しておきたいことがいっぱい。洗濯がテーマの文化考察、思うところも奥が深いんである。
旅はまだ始まったばかり。
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